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歴史学系ウェッブサイトの現状と問題点

鵜飼政志

 はじめに
 報告は情報処理などの専門家ではなく、歴史学研究者にすぎない(専門は明治維新史・19世紀末のイギリス極東関係史である)。したがって、本報告は基本的には体験談である。
 しかしその一方で、「歴史学関係ウェッブサイト調査 http://www.h-web.org/」なるウェッブサイトを開設して、日本にどれくらいの歴史学系ウェッブサイト(あくまで学術サイトのみ)が存在するか調査し、リンク集を作成・公開している。
 また、『歴史評論』(歴史科学協議会編集の月刊誌、校倉書房刊行)編集委員をやっている関係で、同誌第578号(1998年5月発売)の特集「歴史学とインターネット 1」の企画・編集に共同参加、また同誌第594号の特集「歴史学とインターネット 2」(1999年9月発売)では企画責任者となった。さらに、歴史科学協議会のウェッブサイト開設・運営にも携わってきた。この経験からすれば、体験談にも多少の意味はあるであろうか。
 インターネット上に、歴史関連のサイトは星の数ほど存在する。しかし、その大部分は趣味の次元で作成されたもので、学術研究にたえうるサイトがどの程度存在するのか調査するというのが、「歴史学関係ウェッブサイト調査」開設時の動機であった。当時、インターネット上における歴史学系の学術サイトを、歴史学研究者の視点から抽出して、網羅的に集めた専門リンク集は存在しなかった。そのためか、多くの学術機関や研究者からのアクセスが集中することになった(予想外のことであった)。
 また、ウェッブサイト運営に附随して、歴史学研究者をはじめとした研究者と交流をはかることになった。さらに、大学研究室や学会サイトを運営している研究者たちとも、ウェッブサイトを介して、また諸学会開催時において知己の仲となり、研究者(研究機関)とウェッブサイト運営の関係・意味・問題点について議論することが多くなった。
 筆者が、『歴史評論』578号に寄稿した「日本の歴史学研究におけるインターネット利用の現状」(拙稿A)は、こうしたウェッブサイト運営の経験、インターネットに興味を抱く歴史学研究者との交流のなかから、特に利用する側に焦点をおいて、1998年時点での歴史学系ウェッブサイト開設の現状を紹介したものである。
 そして、約1年後、急増した歴史学系ウェッブサイトに対して数多くの問題点が生じていることを感じた報告者は、『歴史評論』編集委員会に対して、インターネット特集のその後について何か執筆したいと提案したところ、諸々の事情がかさなり、特集としての企画を依頼された。これが第594号の特集「歴史学とインターネット 2」である。この特集に、報告者は「歴史学関係ウェッブサイト開設の現状と問題点」(拙稿B)を寄稿した。拙稿Bでは、1999年夏時点(つまり拙稿Aから1年後)における歴史学系ウェッブサイト開設の現状と、そこに包含されている問題点を指摘している。
 本報告は、拙稿Bの内容を基本とし、これに拙稿Aの内容や、拙稿Bではあえて言及しなかった点などで補足したものである。
 
1、歴史学系ウェッブサイト開設の現状
 A 1998年あたりまで
 1995〜6年あたりからインターネットは全世界に普及していった。日本の歴史学界でもその普及は例外ではなく、いかに利用すべきかが論じられてきた。しかしそれは、史料・図書管理やデータベース開発を目的とする文書館・資料館・図書館などの技術管理担当者が先導するかたちでおこなわれてきたこともまた事実である。もちろん例外はあるにせよ、概ねその議論は、技術開発論が中心で、主要研究機関とその周辺においてのみ接することのできるものだったといえよう。図書情報に関するデータベース開発論・文字コードの問題・画像史料の提供方法に関する議論などはその典型である。
 しかし、歴史学の世界にかぎらず、図書情報に関するデータベース開発などは比較的歴史が長く、既に10年以上前から一部のパソコン通信・一部研究機関間による学術ネットにおいて利用可能であった。この点にだけ注目するなら、インターネットも、既存のデータベース開発・図書情報提供手段の新たな媒体として注目されたにすぎないといえる。
 史料を研究の大前提におくのが歴史学研究である。したがって、インターネットはたんにデータベースや図書情報を便利に提供してくれる手段にすぎないと解釈されるのも当然かもしれない。
 その一方で、個人的にウェッブサイトを開設し、独自に情報を提供したり、電子メールなどで情報交流をはかったりする歴史学研究者は、当時はほとんどいなかったし、現在においては僅少といえよう。歴史学の世界でもインターネット自体に興味を示す研究者は、多いがむしろそれは趣味の次元といったほうが正しい。
 『歴史評論』が1998年度のインターネット特集を企画したのは、1997年春から夏にかけてのことである。その動機も、主要研究機関や一部研究者で議論の盛り上がっていた歴史史料データベース開発などに関する技術論への関心にあった。こうした議論は、それまで史料管理学の範疇で真剣におこなわれたものであったが、これが歴史学研究全般とどう関連するのか、またインターネットを介しておこなわれるべき学術交流といかに関係するのか、企画担当者たちの間で整理できていなかったといえる。
 したがって、歴史学研究におけるインターネット利用の問題を論じるにあたって、次の2つの論点をいかに整理すべきかは、依然として課題のままである。
 
 A インターネットは新たな歴史史料提供手段の一つとして理解すべきか。
 B 現在をインターネット時代と定義するなら、歴史学研究は、それにみあった新たな学問スタイルを構築すべきなのか。
 
 この2つの論点は、究極的には連関するものだろうが、歴史学研究においてそれを簡単には説明できるものではない。史料を素材に過去を問うのが歴史学(文献史学)であるが、その関心・究明課題は現代にある。しかし、インターネットという科学技術における一つの到達点が現在社会を変貌させてきているとしても、そこから派生する関心をすべての歴史(過去)に適用することには無理がある。特に古代史や中世史研究に対して、インターネットが有効であるなら、それは結局、有限な史料を便利に提供する手段で十分と考えても無理はないのである。
 
 B 1998年以降の新傾向
 しかし、1998年夏あたりから、多くの研究機関や大学研究室、諸学会、そして個人が独自にウェッブサイトを数多く開設するようになってきた。それはなぜであろうか。何の目的なのか。史料公開、研究成果の公開のためなのか(これには既存の学問スタイルが構築した制限がつくはずである)。広報目的なのか(大学の場合、大学全体の広報サイトが存在するし、学会の場合、入会制限などをしている学会でも参加を募る内容でサイトを開いている)。動機が不明なものが実に多い。
 以下、いくつかの歴史学系ウェッブサイトを紹介してみる。
 
 研究機関
 簡単に紹介しておく。まとまって歴史史料をネット上に公開している歴史学系研究機関としては、東京大学史料編纂所、京都大学人文科学研究所、国立歴史民俗学博物館、国立国文学研究資料館などがある。これらは、以前からのおこなわれてきたデータベースなど技術開発の成果に帰するところが大きい。その他、数多くの研究機関がウェッブサイトを開設し、広報ページはもとより、またなんらかのデータを公開しているが、その規模はさまざまである。これらは研究機関の方針や予算、人員配置の問題などが関係しているようである。
 
 歴史学系の大学研究室
 ほぼ1998年初頭までに本格的(内容豊富)なサイトを開設していた大学研究室を抄出すれば、以下の通りである。
  東北大学文学部日本思想史研究室
  〜定期的に更新され、文献目録などを提供している。
  慶應義塾大学文学部日本史学専攻
  〜ほとんど更新されていないので、現在ではデータが古くなっている。
  慶應義塾大学経済学部杉山伸也研究会
  〜内容豊富だが、データが多少古くなっている。
  大阪大学文学部西洋史研究室
  〜現在はリニューアルのため閉鎖中である。一人の教員が運営を担当している。
  大阪大学文学部東洋史研究室
  〜頻繁ではないが、定期的に更新されている。学生による自主運営サイトである。
 このほか、以下などある。
 大阪大学文学部考古学研究室
 岡山大学文学部日本史学研究室
 岡山大学文学部考古学研究室
 島根大学法文学部歴史社会教室
 次に、1998年夏頃以降に本格的なサイトを開設した大学研究室を抄出してみる。
  千葉大学文学部史学科
  〜詳細な学科紹介など。一人の教員が担当しているため、更新されていない。
  早稲田大学第一文学部東洋史学専修
  〜定期的に更新されている。助手が運営を担当している。
  早稲田大学第一文学部西洋史学専修
  〜教員・院生の紹介など。ただし、更新されていないのでデータが古い。
  早稲田大学大学院文学研究科日本近世史ゼミ(深谷克己・紙屋敦之ゼミ共同ページ)
  〜ゼミ紹介、研究成果紹介など。
   各ゼミの院生が担当・頻繁ではないが充実した内容を目指しているようである。
  明治大学文学部山田朗ゼミ
  〜ゼミ紹介であるため、年度変わりでゼミ生が全データを更新するとのこと。
   担当者交代に失敗し、最近まで更新停止であったが、現在では再開されている。
  明治大学文学部吉村武彦ゼミ
  〜ゼミ紹介、学部生・院生紹介など。
   現在、開店休業状態である(担当院生の就職が理由)。
  日本女子大学文学部史学科
  〜研究室の概要・教員紹介など。
   開設されたばかりであるが、充実したコンテンツを目指している。
  立教大学文学部史学科
  〜画像を使った教員紹介など独自のコンテンツがある。
   あくまで広報用なので更新は少ない。
  学習院大学文学部史学科
  〜詳細な学科・大学院紹介。卒業生が内容を作成。きわめて充実した内容。
  日本大学文理学部史学科研究室
  〜研究室の概要など。助手が運営を担当。
  東京女子大学文学部史学科研究室
  〜研究室の概要のほか事務関係。事務職員が運営を担当。
  名古屋大学文学部日本史学研究室
  〜詳細な研究室の活動紹介・院生紹介など。
   本来、サイト管理グループを結成していたが、結果的に、実質一人の院生が担当。
  金沢大学文学部西洋史学研究室
  〜現在、閉鎖中。院生が運営担当者のため、年度代わりに運営者交代に失敗。
  熊本大学文学部歴史学科
  〜学科全体の紹介。一部を除き、更新されていないためデータが古くなっている。
 学術研究という見地からは、多少はずれるが番外編として....
  成蹊大学経済学部松本貴典ゼミ
  〜ゼミ生が運営を担当している。ゼミ全体がサイト作成に協力している。
   リアルにゼミの内容を伝えており、きわめて面白い内容である。
 上記のサイトを概観した時、まず、豊富なサイトを構築している一方で、データの更新されないことの多さを指摘できる。これは、誰がサイト運営を担当するかに大きく作用されているように思われる。院生運営の場合、数ヶ月で閉鎖状態となっているものが少なからず存在するし、教員運営の場合は、公務に影響されてか、突然データ更新が中断されたりしている。営方針の不明確化なサイトが多いのである。
 次に、問題はその内容である。事務職員など大学当局が作成に関わる場合、ありきたりな内容となっていることが多く、独自に研究室がサイトを開設する意味をどこまで問えるのか疑問を抱くことも多い。また、退職したり、転任した教員の業績・修了した院生の業績紹介が更新されることなく、メインコンテンツとなっていることも多く、そういった不正確な情報発信には危惧の念を抱かざるをえない。
 
 学会・研究会
 1998年春あたりまで、ある程度内容あるコンテンツを有していたものとしては、以下を抄出することができる。なお、小規模学会・研究会は除く。
  中国現代史研究会
  〜大阪外国語大学サーバ。現在ではほとんど更新されていない。
  東南アジア史学会
  〜学術情報センターサーバ。内容は詳細。東京外国語大学からの発信。
  アメリカ史研究会
  〜一橋大学サーバ。活動紹介など。更新は遅いが内容は正確。
  ロシア史研究会
  〜学術情報センターサーバ。活動紹介など。更新は遅いが内容は正確。
  スペイン史学会
  〜学術情報センターサーバ。文献目録などオリジナルコンテンツあり。
 1998年夏以降、学会・研究会のサイトは、歴史学系にかぎってみても激増といえるほど増加している。その背景としては文部省学術情報センター「WWW資源情報提供サービス」の影響などをあげることができるであろう。同サービスでは、「学会ホームページビレッジ*1」という名称のスペースを、利用希望の学術研究団体に提供している。ただし、依然として、その利用資格や利用規程など、学術情報センターが積極的に宣伝していないためか、サービス自体の認知度は低いといわざるをえない。
 「学会ホームページビレッジ」にサイトを開設している歴史学系学会は、前述したロシア史研究会・スペイン史研究会などのほか、次のようなものがある。
 
  歴史科学協議会
  〜会誌『歴史評論』と大会関係情報が主たる内容。報告者が運営。
  歴史学研究会
  〜委員の一人が担当。会誌『歴史学研究』・大会関係情報・各部会運営情報など。
   更新されないことが問題だったが、最近ではマイナー更新を繰り返している。
  史学会
  〜会誌『史学雑誌』・大会関係情報など。最近開設されたばかりなので、方針不明。
  歴史学会
  〜会誌『史潮』・大会関係情報など。日本女子大からの発信。
 このほか、交通史研究会、全史料協・全国歴史資料保存利用機関連絡協議会など。
 
 また学会・研究会のサイトは、会員所有のインターネットアカウントから発信(個人発信形態だが、公式サイト)されることが多く、それらは概して内容豊富なものとなっている。例えば、
  朝鮮史研究会(京都大学人文科学研究所水野直樹氏)
  〜多数のデータベース、文献目録。
  東欧史研究会(千葉大学小沢弘明氏)
  〜詳細な文献目録、膨大な専門リンク集。
 ほかに、スイス史研究会オランダ史研究会日本思想史研究会などもある。
 一部には個人アカウントからの発信を問題視する人がいるが、では学術研究(交流)団体がどうやってアカウントを所有するのであろうか。これには財政問題が関係してくるので、簡単な問題ではない。現状では、むしろ内容豊富になることも多いので賛同すべきであろう。
 
 個人サイト
 
 研究者の個人サイトは多いが、学術的見地に達しているものは多くない*2。また、開設者が大学教員である場合、研究室サイトや学会サイトを兼任していることが多い。個人サイトを、その特徴からおおまかに分類すれば以下のようになる。
 A 個人の履歴・業績紹介が主たる目的で、その一環として、大学講義を補完する文献リストな研究入門ページなどを併設したもの
  伊藤俊一氏(名城大学、日本中世史)
  馬場章氏(東京大学、日本近世史)
  櫻井良樹氏(麗澤大学、日本近代史)
  加藤哲郎氏(一橋大学、政治学・日本現代史)
  水野直樹氏(京都大学、朝鮮近現代史)
  林善義氏(名古屋学院大学、アジア経済史)
  中村宗悦氏(大東文化大学、日本経済史)
  杉田米行氏(大阪外国語大学、アメリカ史)
  高山博氏(東京大学、西洋中世史)
 B 研究成果や編纂資料目録の公開が主たる目的で、これをひたすら追求したもの
  渡邊大門氏(京都産業大学、日本中世史)
  杉本史子氏(東京大学、日本近世史)
  横山伊徳氏(東京大学、日本近世史)
 
 A Bに分類されるサイトは、大学院教員・研究員、大学院生から民間研究者まで発信者まさまざまで、サイト開設の動機もさまざまである。しかし、目的が明解であること、個人サイトであるため多くは随意更新されるので、有用であることが多い。こうしたサイトが増加すれば、史資料や目録情報の入手に要する所要時間の軽減化となりえ、歴史学の研究スタイルに影響を与えると思われる。
 
  C 研究者であるが、純粋に個人の履歴・業績・趣味の紹介を動機としているもの
  保立道久氏(東京大学、日本中世史)
  桂島宜弘氏(立命館大学、日本近世史)
 
 東京大学史料編纂所の個人サイトには、この分類に該当するものが多い。ただし、一部を除きほとんど更新は止まっている。多忙なためか、興味が薄れたためか、その必要を認めていないからか、確認したわけではないので、真相はわからない)。
 しかし、この分類に該当する大多数のサイトは内容に乏しく、長期間更新されていない(まったく更新しこたとがない)ものが多く、何のために開設されたのか疑問である。時流に乗ったにすぎないという要素が強い。しかし、発信者が著名な研究者であったりするため、ネット上で不可思議な評価を受けていたりする(古すぎる情報や誤った情報・誤植などがそのまま信用されている*3)。
 
  D 地方の民間研究者が開設した、徹底的に地方史研究にこだわったサイト
 学術見地に達していたり、客観的な分析が加えられている場合は、こうしたサイトは有用な情報となることが多く、インターネット時代の歴史(学)研究が生み出した一つの成果といえよう。
 しかし、大部分は趣味の世界に完結していたり、一地方に対する情念的思い入れ(地域ナショナリズム?)が強すぎるものが多く、研究に値する情報になっていないことが多い。趣味と研究の区別がつかないものが多すぎる。これは、ハンドルネームによる発信の多さに典型といえよう*4
 
 その他−出版社・書店
 歴史学研究に関わる、その他サイトの特徴として、出版社・書店関係のウェッブサイト増加を指摘しておく。ウェッブサイト開設は、販売促進を目的とした出版業界全体のカルテル的行動のようだが、書誌情報の増加は歓迎すべきことである。歴史学関係の地方出版社や小規模書店のなかには、独自にウェッブ上からも歴史学研究活動を支援するようなコンテンツを開設しているものもある(例えば、岩田書院の地方史研究情報・学会情報など)。
 
2、いくつかの問題点
 1 研究機関
 現実には、ネット上で利用できる史資料はごく一部にすぎない。今後の発展が望まれるが、現状では、各機関の対応度に差異がありすぎるので、前途多難な要素もある。ただし、確実に電子資料館的なサイトが増えているものたしかである(例えば、法政大学大原社会問題研究所)。そういった兆候を暖かく見守っていきたい。
 むしろ、問題は資料目録やデータベースなどの利用方法や分類基準が、すべて各研究機関による開発方法の違いからか一様でないことである。逆に、図書分類方法などに従うことも、それがどこまで有効なのか報告者にはわからない。このことは、利用する側に決定的な問題点である。
 目録作成やデータベース開発の途上で、利用する側の問題点は考慮されないことが多い*5。電子目録・データベース作成に対する思想の欠如なのであろうか。史資料の保存・編纂そのものに関わる重要な問題といえよう。
 
 2 大学研究室
 大学サイトには、入学案内や総合案内などがまず存在することが多い。研究室サイトが総合案内を構成するならよいが、そうでない場合、なぜ研究室がサイトを開設するのであろうか。より研究室の雰囲気を知ってもらうためなのであろうか。
 その一方で、多くの大学は、大学という組織のなかに存在するわけであり、まったく自由に情報をウェッブ上に発信されては困る(大学の利益を侵害するような不都合な情報は困る)という見解をとっている。このことは、近年、大学サイトに多くみうけられる「各部局以下の情報は、大学当局とは何の関係もなく、問題が生じても責任を負うものではありません」といった趣旨の但し書きからも伺える。また、諸権利を保護できないという理由で、書き込み掲示板などの設置を認めていない大学サイトも数多い。
また、掲示板が設置してあるサイトにおいては、例えば、「このHPは、(中略)「公的」なものなので、「裏話」的なことはお答えできませんが」といった運営者の書き込みに接する時、そのいった状況のなかで発信される研究室の情報・雰囲気とははたして正しい情報なのであろうか。都合のよい情報ばかり発信することで、ただの権威づけになっていないかとさえ勘ぐってしまわずにはいられない。
 結局、問題は、大学組織の利害と各研究室のウェッブサイト運営方針をいかに調整すべきかということなのであるが、現状ではきわめて難問ということであろう。しかし、ウェッブサイト開設は、既存研究機関のなかで学問・教育のあり方を見直すきっかけになることだけは確かであり、この難問への取り組みが期待されるのである。
 
 3 学会・研究会
 大学研究室の問題点として述べたことは、学会・研究会の場合にもあてはまることが多い。以下、思いつくままに指摘してみる。
 学会・研究会は組織であり、その学術創造活動には責任を負うべきであるという常識が存在する。そのことに異論の余地はないが、しかしその常識を、そのままウェッブサイトに適用できるのかとなると検討の余地がある。そのまま適用すれば、おそらくインターネット時代における歴史学のあり方には逆行するであろう。
 また、ウェッブサイト開設を企図する学会は、おうおうにして、その開設場所をどこにするかで苦慮している*6
 大学のサーバに設置すれば、それは厳密にいえば研究室などコンテンツにすぎなくなる。民間プロバイダの場合だとその財政支出をいかに解決するのか、答えを見いだせていない学会・研究会が数多い。
 またいずれにしろ、サイト運営は、大学サーバまたはプロバイダでアカウントを貸与されたものとなるが(これに前述した「学会ホームページビレッジ」が加わる)、そこから発信される情報は、個人会員の学会観に左右されてはいないだろうか。だとすれば、ホスティングサービスや自前サーバの構築などによって中立性的な発信を目指すことも考えられるが、それを管理できる技術・知識のある人間がどれだけいるのであろうか。また、こうした場合の財政支出は年間数十万円となる。これにたえうる学会・研究会がどれほど存在するのか。結局は、混迷を生じさせるだけなので、現実的な対応をはかっていくしかないであろう。
 次に、何のために、学会・研究会がサイトを開設するのか、不明確なものがあまりに多すぎることを指摘しておく。会の活動を広く知ってもらうためか。しかし、広くといっても、それは誰を対象としているのか。会員拡大活動のためなのか。しかし、学際的な学会や歴史全般に関する学会はともかく、特定分野や時代などを対象とする学会・研究会が、あえてインターネット上で勧誘活動をおこなう必要があるのであろうか*7。学会内の活動を活性化させるため?なのか。だとすれば、相当なコンテンツ作成に関する議論が必要だし、研究目録や会員成果公開となると、それはさまざまな権利の問題が生じ学会内だけの問題にとどまらなくなってくる。疑問はつきない。詳細な次元での検討と、明確な目的意識の構築が望まれる。
 また、サイト開設場所との関連で、学会・研究会がウェッブサイトを開設する場合、コンテンツ作成は特定の個人会員に依託すべきか、またはた活動グループを結成すべきかという問題も、あいまいな場合が多い。
 現実を考えれば、作成技術があり会の活動に精通している個人に全面委任すべきである。もちろん、コンテンツの分担作成が潤滑に計られるならそのかぎりでない。発信される情報に対する責任問題云々をどう解決するかという意見を耳にするが、結局、ネット上に慣行やHTML作成の知識がない人間にサイト運営に介入させる権利を与えると、現状ではさまざまな対立が生じてくる(視覚的効果の強いネット上の文章と、通常の誌面上の文章では、読者に対する受けとめ方が違ってくる−同じ表現であるべきでないし、また表示できない漢字は依然として存在するというネット上の常識を知らない人が多い)。会誌編集と同じ感覚でサイト運営はできるものではない。むしろ問題は、会誌など既存メディアとの関係をどうするのかいうことではないだろうか。
 現状においては、時として疑うべき内容の学会・研究会サイトが少なからず存在してしまっていることを否定できない。日常的に活動している学会は数少ないはずである。にもかかわらず、時として美辞麗句にちりばめられているサイトをみかける。そういったサイトを運営している学会の現状を知っていると、研究者の倫理を疑ってしまわずにはいられない。ほんとうに残念なことである。
 結局、既存の組織体制における常識をネットにそのままあてはめると、学会内に亀裂を生じさせるともかぎらなくなるか、たんなる学会上層部による都合のよい情報発信にしかすぎなくなる。現状では、正しいネット上の知識を習得しながら、学会としてできること、できないことを正確に理解し、現実的なサイト運営にあたるべきであろう。
 
 4 個人(諸刃の剣としての個人による学術サイト)
 個人サイトについては、指摘してもしきれない問題点があるので、報告者が最近、感じていることのみ記しておく。
 個人サイトは、有益な情報を、速効的に提供するということに秀でており、学術サイトの中心であることにちがいない。しかし同時に、不正確かつ無責任な学術情報を増幅させる存在にもなりうる、否、現実にそうなっているものが多数存在していることも忘れてはならない。この点で、個人の開設した学術サイトは、諸刃の剣的な性格を帯びているといえよう。
 こうした矛盾の解決には、究極的には発信者の意識に問うしかなく、そう簡単な問題ではないであろうが、少なくともそのための努力が可能なことはいうまでもない。
 そういった努力の第一歩として、報告者は、とりあえず、ハンドルネームなどを使用しているサイトを学術的な内容だと吹聴しないことである。学術サイトにハンドルネームは不要である。ハンドルネームを使用した段階で、そこには学術研究以外の異なる意味づけがなされることになる。それでは、インターネット利用は学術研究に対して何の貢献もなさなくなるといわざるをえない。なにも、研究者のみに学術情報を発信する権利があるわけではないが、発信する情報を学術的なものと、発信者側が認識するかぎりにおいては、責任の所在を明確にすべきなのである。
 また、研究者の開設した個人サイトは、時として、研究者相互の権利・保護関係を脅かす存在となりうることがある。それは、例えば、個人サイトのなかで、研究成果公開・発表論文の全文公開・個人データベース(史料目録・文献目録)といった形として現れ、既存の著作権や知的所有権を無視するものとなっている。もちろん、こうした問題は、厳密にいえば、既存の権利関係の照らしてうえで問題といっているのであって、インターネットを新たな研究媒体と考えるなら、逆にネット上における権利関係は別個に定義されるとすることも可能であるし、将来的にはそうあるべきであろう。しかし、現状において答えは、ネチケットなどといったきわめて抽象的な次元でしか見つかっていない。結局は、インターネットに対する法体系の整備を待つしかないのであろうか。報告者とて、インターネットに対する社会的認知度は、既存社会とは比べものにならない速度において変化しているので、容易にここで主張することはできない。しかし、そのための議論を重ねることだけは大切であろう。
 
 おわりに(個人的な意見)
 ほぼ主張すべき点は、主張してきたが、おわりにあたり、繰り返し強調すべきと考えることを、表現を変えて指摘しておく。
 現時点におけるインターネット上のマナーとして、いたるところでネチケットが主張される。報告者もそれに異論はないが、しかし、ネット上における研究活動の一環としての情報発信にネチケット(これも、権力者の創出したマナーに違いはない)を適用しすぎると、学問の自由を保証できなくなる。しかし、不正確な学術情報も、極論すれば学術ウィルスと違いはない。ここらあたりが、インターネット時代における、歴史学にかぎらない学術研究のあり方が包括する究極の問題点ではないだろうか。
 インターネットが社会に普及した背景には、それが権力者の独占媒体でなくなったことにある。とすれば、無秩序な情報発信は認められないにしろ、現状においては各自が自己責任においてインターネット上に学術研究の見地に照らした常識を創造し、それをもって情報を発信・サイト運営にあたるしかないであろう。また、発信情報を利用する側、つまり受信者も、現状では、自己責任において対応するしかないであろう。
 インターネットの発信する情報が既存の学問を変える可能性を有しているいっても、歴史学研究の場合は、いくらインターネット技術が発達しようと、歴史資料を素材としておこなう学問である以上、まだまだ解決すべき点が数多く残されている(例えば画像データベースを作成したとしても、それをどの権利において、いかに発信するのかなど)。 さらにいえば、インターネットの利便性に眩惑されて忘却されがちであるが、依然としてまとまった研究をおこなうだけのネット情報が整備されているとは言い難い。インターネットを利用した歴史学研究は、現状で可能とはいえない(多少の便宜が提供されたという程度か)。ならば、さしあたりは既存の学術研究世界との共存をめざしながら、歴史学研究におけるインターネット利用の問題を引き続き検討していくしかないと考えずにはいられないのである。
 
 追記
 本文中に引用した各サイトについて、ハイパーリンクを設定しなかった。しかし、これらはすべて、筆者のサイト(歴史学関係Webサイト調査 http://www.h-web.org/)からたどれる。むしろ、そうすることで、文中では紹介しなかったサイトも含めて、歴史学系ウェッブサイトの現状を各自が確認して頂けたなら幸いである。

*1http://wwwsoc.nacsis.ac.jp/
*2そのなかでも、1998年以降に開設された個人サイトで、比較的内容豊富なものを紹介しておく(サイト名は省略)。
 伊藤俊一氏(名城大学)日本中世史 中世史研究の手引きなど内容豊富
 高橋秀樹氏 日本中世史 目録など詳細
 渡邊大門氏(京都産業大学)日本中世史 基本的には目録のみ
 杉本史子氏(東京大学) 日本近世史 研究プロジェクトの成果紹介・業績紹介
 江森一郎氏(金沢大学) 日本教育史関係 リンク集や掲示板がメイン
 林博史氏(関東学院大学)日本現代史 現代史関係・戦争責任論関係情報が豊富
 鈴木亮氏  歴史教育 開設者の50年近い学問系譜の紹介
*3カテゴリー型の検索エンジンや、いくつかのリンク先で、こういったサイトに付せられているコメントを見ていると、その感はますます強くなる。
*4拙稿Bに対して、地方在住の民間サイト開設者から、「研究とは趣味でおこなうものである。ハンドルネームで何が悪いのか。問題が起きたらどうするのか。」といった趣旨の抗議メールを頂いた。しかし、研究活動とは自己の責任において、基本的に学問という枠組みを意識しながらおこなうものである(逸脱することは自由であろうが)。つまり、抗議メールの趣旨は、研究活動とはまったく逆の主張といわざるをえない。このことに気がつかないサイト開設者が、歴史(学)に関するかぎり、きわめて多いのは残念なことである。
*5この点は、日本の場合、西洋諸国と決定的に違っている。資料は市民に公開・利用に付すものではなく、所蔵機関の好意や方針によって、好意的かつ特別に閲覧させているという発想が依然として強い。さしあたり、保坂裕興「電子目録と国際標準の思想」(『歴史評論』第594号、1999年)を参照されたし。
*6この指摘には、事務所などを独自に所有する学会は僅少という前提がある。
*7通常、入会方法にオンラインという手段を設けている学会はないし、オンライン入会を可能とするためには会則改定が必要となるはずである。また、入会に際して資格を設けている学会などに至ってはどうなのであろうか。