【戦後の歴史学を考える文献紹介】
遠山茂樹著『戦後の歴史学と歴史意識』 鵜飼政志
本書は、戦後歴史学に関する最初の労作であり、一九六〇年代前半までを考察(日本近現代史学が中心)している。戦前における思想統制から解放され、科学性を有した学間として出発した戦後歴史学が、現実の世界情勢や政治情勢、さらには逆コース化した政府の教育政策などのもとで、いかなる成果をもたらしたか、研究者の間題意識から説き明かしている。
また本書は著者の史観もあって、基本的にマルクス主義史学の立場から、その間題意識の戦後史を追うかたちで叙述されている。これは、戦後歴史学におけるマルクス主義史学の貢献度からして当然のことであるが、著者は同時に、マルクス主義史学の包摂している欠陥を明確に批判し、非マルクス主義史学の立揚の研究者との討論や交流を強調しており、その点で文章に一貫性と客観性とがあり、現在でも読者にとってきわめて読みごたえのあるものとなっている。
本書は戦後歴史学の意義と間題点を数多く明快に説き明かしているが、そのなかでもとくに著者が主張したのが、「国民的歴史学」形成のための歴史学と歴史教育の相関性、「民族の問題」考察の重要性の二点である。著者は両者を密接不可分のものと考えている。まず著者は、戦前に政府によって統制されてきた「歴史教育の自由なくして歴史学の自由と発展はない」(三一○頁)として歴史教育の重要性を指摘し、明確な間題意識と歴史観を学間や現実社会のなかから学び、科学的認識に基づく系統性と国民的課題にこたえるかたちで研究者は学間の方向性を確立すべきことを主張した。そして次に、戦後歴史学において議論となり続けた「民族の問題」を考察することは、研究者ならびに国民大衆に、歴史学と現実杜会との関連性を考えさせることになって、「日本民族とは何か、アジア諸民族とは何か」(三一四頁)という問題意識を生み出させ、「国民的歴史学」形成の促進となるからである。そのためにも、著者が当時は学間的交流の少なかったマルクス主義史学と非マルクス主義史学の提携による歴史学の発展を主張したことは見逃せない。
本書の刊行からすでに三〇年近くが過ぎようとしている現在、我我の歴史意識は大きく変貌しており、著者が熱く説き明かした歴史意識とは必ずしも同じでない。しかし我々の歴史意識は、本書を読むとき、例えばアジア諸地域に関する最近の研究動向に示されるように、まさに戦後歴史学のなかで著者をはじめとした先学たちが、現実世界との関連において常に研究・討論を繰り返し続けてきた成果を継承・批判したものにほかならないことを教えてくれる。戦後歴史学を振り返るとき、それを継承するにしろ、それを批判するにしろ、本書は、我々が必ず最初に読まねばならない文献として何ら色あせていない。
(一九六八年、岩波書店)
(うがい まさし)