●文歓紹介● 鵜飼政志
井上光貞・永原慶二・児玉幸多・大久保利謙編『日本歴史大系』全六巻
本書は、一九八○年代後半までの日本歴史学界に蓄積された諸研究の成果を総括したものであり、一定の研究段階を総括または特定の(個人による)歴史観を提示した通史・概説書とは性格が異なっている。各巻の構成は、
第一巻〔原始・古代〕(原始社会から平氏の減亡)
第二巻〔中世〕(鎌倉幕府の成立から戦国時代)
第三巻〔近世〕(織豊政権から天保改革)
第四巻〔近代I〕(開国前夜から明治末年)
第五巻〔近代II〕(第一次世界大戦から昭和五〇年代)
第六巻〔索引〕
となっている。
本書の編集意図は、「日本史学界の現状を把握するとともに、さらに深い研究への手掛りをつかむことができるように意図し、研究者はもとより、教育者にも、これから研究を始める人にも、広く歴史に関心を持つ多数の人々の指導書であり手引書」(第一、三〜五巻の序、児玉幸多氏執筆)の性格をもった「総合史」であるという。そのため、「今日の研究の到達点としてもっとも安定性のある理解をできるだげ尊重し、あえて編別構成に特別の新奇さを求めることはしなかった」(第二巻の序、永原慶二氏執筆)と明言されているように、数多くの専門家による分担執筆で、その記述はレベルが高くきわめて詳細であるが、歴史叙述はつとめて常識的なものとなっている。
しかしその一方で、歴史解釈における間題点や新たな視点を「補説」という形式で数多く盛り込んでおり、同書がたんなる歴史学における常識(通説)を記した書物で決して終わらない豊富な構成となっている。
また、典拠史料や参考文献をきわめて詳細に記した「脚注」が本文と同頁に記されることによって、われわれは記述の正磯さを即座に理解することができる。この「脚注」はきわめて特徴的である。
とくに、典拠する基本史料集(可能なかぎりその原史料も)・基本薯書(および基本論文)が必ず記されていることは、編者の意図通り、日本歴史研究の概説であると同時に有用な手引き書となること間違いないであろう。
しかし、ここで注意すべきことがある。本書は日本歴史の通説を提示した教科書ではないということである。
確かに、他の通史・概説書とは異なって、詳細な記述と典拠の明示は、本文叙述の正確さを、われわれに対して鮮明に説いてくれている。しかも各々の文章は、その筋を代表する専門家が分担執筆したものである。筆者は本書の記述に通説という評価を与えたが、それはあくまで今日の研究成果における一般的見解にすぎないのである。本書が数多くの「補説」を設け、そこにおいて学説上の論争を紹介していることを見落としてはならないのである。
また、通説を基本としているとはいえ、本書もまた各個人の共同歴史叙述であることを忘れてはならない。これは、本書において、分坦執筆者の歴史観が如実にあらわれ、必ずしも学界の常識(通説)とは異なる箇所が散見していることによってうかがえる。重要なのは、われわれがそこから何を読みとるかであって、ただ本書を読んで歴史知識を習得したという態度をとることは、むしろ編者の期待に反することになる。
もっとも、こうした注意事項はすべての歴史学の概説・研究書を読むさいのマナーといえるのであって、なにも本書だけの欠点というわげではない。むしろ、このようなマナーが、内容が級密であればあるほど、いっそう大切であることを本書は教えてくれているのではないだろうか。
ところで本書は、その内容の豊富さゆえ、各巻一〇〇〇頁前後、定価一万三〇〇〇円前後と高価であり、広範な読老を対象とする編集意図と矛盾し、特定の研究老以外が購入するには躊踏するところがあった。
しかし、一九九五年一一月から、各巻を二〜三分珊した普及版形式で再販が開始された。普及版は定価が三〇〇〇円台であり、その結果、購入が容易になって、矛盾も解消されようとしている(ただし、普及版の刊行は隔月で、その完結には二年近くかかる)。歓迎すべきことである。
第一巻の刊行からすでに一〇年以上が経過しており、日本歴史の研究状況はさらに進展している。しかし、筆者は本書の内容に匹敵するだげの類書を未だ知らない。本書は、日本歴史をひもとくものにとって、まさに必読書なのである。
(山川出版社、一九八四〜八九年)
(うがいまさし)