●紹介● 鵜飼政志
トマス・C・スミス著/大島真理夫訳『目本社会史における伝統と創造−工業化の内在的諸要困一七五〇〜一九二〇年』
著者トマス・C・スミスは、米国で著名な日本経済史家として日本にも広く知られ、著書のいくつかは邦訳されている。本書は、Native
Sourve of Japanese Industrialization, 1750-1920. University of California
Press. 1988.の邦訳で、著者が約三〇年の間に執筆した諸論文を三部構成に編集したものである。内容は、邦訳本の副題(原著のタイトルの直訳)が示すように、近世・近代以降期の経済成長(著者の言葉によれば「前近代成長」)のなかから、近代日本の経済発展の基礎を形成したもの、すなわち工業化の内在的諸要因を解明したものである。
第一部は、前近代経済成長に関する四本の論文が収録されている。第一章は、後進国型経済成長の理論として知られるガーシェクロン・モデルとの対比のなかで、日本の前近代成長を対比して、日本の西洋と異なる点をマクロ的に論じたもの。第二章は、重圧と考えられてきた徳川時代の年貢が、前近代成長のなかでは、決して重圧とはいえず、逆に余剰を生ずるようになっていった歴史的意義を論じたもの。第三章は、農家副業生産の実態を実証することで、人口・経済成長との関連を論じたもの。第四章は、経済成長と人口調節の関係を論じたもので、農民が家計維持のため自主的に産児制限をおこなった一八世紀の事例を実証している。
第二部は、近世・近代移行期におげる社会的変質に関する四本の論文が収録されている。第五・六章は、支配者であった武土階級の社会的変質に注目し、なぜ同じ士族による革命(明治維新)が達成されたかを論じたもの。第七・八章は、思想・技術革新の観点から検討したもので、第七章では、徳川時代の体制的一規範をなしていた人材登用のイデオロギーが、逆に明治維新の一要因となっていたことが論じられ、第八章では大蔵永常という一民間人を事例として、民間におげる技術革新普及運動がもたらした社会的影響を論じている。
第三部は、労働者意識の変遷に関する二本の論文が収録されている。第九章は、工業化の一要素である時間概念が、徳川時代の農民のなかに、西洋とは異なる形態で意識されていたことを論じたもので、第一〇章の、大正デモクラシー前後における工場労働者の権利意識が、遺徳的平等性に墓礎づけられていたという日本的特性の実証と対をなしている。 本書に収録された諸論文は、アメリカにおける多くの日本近世・近代以降期研究者の典型的な研究関心を代表するものであると同時に、すぺてがその先駆的な業績となっている。それだけでなく、日本の数量経済史研究に対しても、常に一定の影響を与え続けてきたことは周知の事実である。それゆえに、今回、邦訳された意義は大きいのである。
(ミネルヴア書房、一九九五年七月刊、三六八九円)
(うがいまさし)