戻る
本書は、一九九二年から九六年まで四年間にわたっておこなわれた、京都大学人文科学研究所共同研究(「転換期における個人と組織」、班長・佐々木克)の成果である。
本書が対象としている時代は、日本史上、激動の時代の一つであった明治維新期、あるいは一九世紀全般である。そして、そうした激動の時代のなかで、人はいかに生き抜いたのか、様々な立場に属した有名・無名の人物の群像(生き様)について、社会や組織との関わりをふまえて描かれている。
本書は、各論考の対象時期と内容から四部構成をとっている。
第一部「幕末政治の群像」では、@親王として安政以降の幕末政治史に活躍した青蓮院宮の活動(著名でありながら、その政治活動の全体像については概して漠然としている)に焦点をあてた飛鳥井雅道論文、A安政政治史上に勤王烈女という虚像の定着していた近衛家老女村岡の実像究明を再検討した辻ミチ子論文、B大塩平八郎と犬猿の仲であった大坂町奉行与力・内山彦次郎の幕吏としての活動(彼の活動はあまりに典型的な大坂の幕吏であったがゆえに新撰組に暗殺されたといわれる)を、町人の町大坂に生まれた武士として描いた藪田貫論文、C萩藩重臣浦靱負の家臣(つまり萩藩の陪臣)でありながら、同藩の海防実践・農民(兵)の組織化に功績を挙げ、藩外との交流も盛んにおこなった秋良敦之助を、転換の時代を象徴する人物として素描した岸本覚論文、D慶応三年の「薩土盟約」から王政復古にかけて土佐藩重臣として活躍しながら、その活動内容が詳らかでなかった寺村左膳に焦点をあてた青山忠正論文から構成されている。
第二部「草莽にとっての幕末・維新」は、@大和の村役人の家に生まれながら、村役人→越前村岡藩士→村役人と、身分的に支配と被支配の間を交流した人物・落合平助(儀助)の生涯を、時代を象徴する人物として描いた谷山正道論文、A京都近郊の一農民として長年詳細な日記を書き残した若山要助からみた、幕末・維新という転換期の意味、そして当時の地域性を考察した塚本明論文、B明治初年、熊本藩領下でまことしやかに噂された、「土地平均」風聞を理論化した赤星伊兵衛の思想的特徴を究明した三澤純論文から構成されている。
第三部「明治維新の影」は、@戊辰戦争時における榎本武揚の行動背景と、それにつながる思想について究明した佐々木克論文、A尊皇攘夷思想を標榜する志士として名を馳せながら、明治政府最初の訪朝使節となった久留米藩士佐田白芽の思想的特質が、いかに明治初年の征韓論形成に影響を与えたか、その役割を再検討した沈箕載論文、B幕末に砲術家・キリスト教徒・志士として名を馳せながら、明治政府に密偵として出仕した荘村省三の活動を紹介した落合弘樹論文で構成されている。
第四部「明治社会と文化」は、@秋田の老農として有名な石川理紀之助が、明治後期に展開された秋田県の強権的農政にいかに対応していったかを論じた勝部眞人論文、A欧米列国に対峙する目的で明治後期に推進された、自国文化伝統誇示事業の一翼を担った岡倉天心の日本古代美術史研究に関する方法論を再検討した高木博志論文、B注目されることの少ない近代の侠客に注目し、大阪の侠客小林佐兵衛を素材としながら、近代都市形成過程に彼らの果たした多面的な性格(特に公共事業面)を明らかにした原田敬一論文から構成されている。
各論文の視点、論点は様々である。しかし、各論文が伝える内容は、一定でないながらも、社会的転換期に直面した時、人間のとりうる様々な生き様を伝えており、激動の時代を研究するうえで重要な指針を与えてくれるものとなっている。
転換期の人と社会という、決して一概には総括できない諸処を逆に全面に打ち出しているという点できわめて異色かつ興味深い良書であるといえる。
(吉川弘文館、二〇〇〇年八月刊、七〇〇〇円税別)